今回の気仙茶聞き書きプロジェクトで、よかったなあ、と思うところは、地元会員がほとんどの聞き書きに参加しているということです。
気仙地域を含む、沿岸被災地には、大学や研究機関を始め、たくさんの人が外から訪れて、震災体験を始めとした様々な分野の聞き書きをしていらっしゃいます。後世のために、今、記録しておかなければならない、という問題意識や、震災体験を聞くということそのものが、被災者の心の安定に資するという「傾聴」の考え方や、昔の話を聞く事で被災者-支援者という関係の固定化から脱し、語り手-聞き手、や、先生-生徒、という関係に逆転すること自体に意味があるという、民俗学者の六車由実さんの提唱する「介護民俗学」で挙げられている考え方も、多くの聞き書きの動機だったのではないかと思います。また、改めて地域の歴史・民俗を聞き書きでまとめることにより、地域の「自画像」というものを明確にし、未来の地域づくりの礎になれば、という意味合いもあったと思います。
私もそう思っていましたし、岩手県内陸部の雫石町に住む、「よそ者」である私が行う聞き書きは、そのような側面が大きかったと思います。
実際、被災している地元の人達自身には、聞き書きに時間を割く余裕は到底ない、という場合が多かったでしょうし、今でも、そんなことより他にやることがある、という考えの方々がたくさんいらっしゃると思います。
それでも、気仙茶の会の地元会員は、2012年の春から、生業とは全く関係ない「気仙茶文化の再生」に取り組むために集まってきていました。気仙茶は地元の気位であり誇りである、という思いからでした。
今回、聞き書き作業を行った会員の多くは、家を流された方であり、ご家族を失った方もあります。また、家や家族を失っていないという方であっても、この地に生きている限りは、親戚、友人など親しい人を失ったり、親しんだ場所を失い、心が引きちぎれる思いをしてきた人達ばかりです。
その人達が、気仙茶文化の再生に動き、自ら聞き書きを行っていることは、本当に特筆すべきことであり、最大の敬意を払うべきことだと思うのです。
そして、被災地の中でも、直接的・短時間で成果が出るような生業の再生ではなく、歴史と伝統のある気仙茶「文化」の再生・「誇り」の再発見に、これほどのエネルギーを注いでいる人々がいる、ということは、人がその土地に暮らすこと・生きるために必要なものは何か、あるいは、悲しみを背負いながらそこに生き続けるために大切なことは何か、ということを、改めて教えてくださっているように思います。
聞き書きの作業では、自分の住む集落の古老に、改めてお茶の話を取材したり、市内の、お茶づくりの思い出を持つ人々をリストアップして、手分けして聞きに行ったり、仮設住宅のお茶会に同行したり・・・という活動を、何か所も続けました。
よく知っている人でも、改めてお茶のこと、を聞いてまとめる、という作業は、新鮮な驚きがいろいろあったようですし、聞き書きをきっかけに、同じ市内でも初めて会えた人もいました。
それから、家で録音テープを聞きながらテープおこしをしていた会員に、訪ねてきた地元の友達が「何をやってるの?」と尋ねたそうです。「お年寄りから話を聞いてテープおこしをしているんだ」と答えると「ああ、それはいいことをしているね!まとまったら、欲しいなあ」と言われた、と喜んでおっしゃる方もいました。
地元会員は、もともと、お茶づくりに興味があって参加している人が多いのですが、お年寄りの話の中に、これからのお茶づくりにつながるヒントもいろいろと得て、「ああ、こうすればいいんだ!」「これもやってみよう!」と具体的なアイディアが浮かんでくることも多いようです。
ここが、手前味噌ではありますが、気仙茶の聞き書き活動のとてもよいところなのです。
普段の生活では決して語られることのなかった、お年寄りのお茶づくりの実践経験を、若い世代が聞き取り、それを単に記録するだけでなく、これからのお茶づくりやお茶の木の管理に実践していく・・・という循環が生まれます。聞き取り~お茶づくりの実践の中で、この地域のこと・ここに暮らすことが、一層の深み・力強さを増して感じられるのではないかと思うのです。
聞き書きの中には、今は亡き人、亡き物事が語られます。その場にいる人は、語られる中に確かに亡き人や物事が感じられることを知ります。語っている間は、その人が生きて、その物事がある、のですね。
気仙茶の聞き書きプロジェクトは、地元会員による、単なる記録ではなく実践につながるプロジェクトであり、関わる人自身に、意識の変容をもたらし、ここに暮らす深みや力強さを増していくもの、また、この作業を通じて、心の力になっていくものであったなら素晴らしいなあ、と思っています。
※地元会員の小野さんが書いた、聞き書き集の「あとがき」には、そのことが深く感じられると思います。是非お読みくださいね。