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気仙茶聞き書きおまけ編~気仙のお茶っこ飲み民俗学~

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気仙郡語彙集覧稿

聞き書き集の全編を通して参照したのが、「気仙郡語彙集覧稿」という4.5センチもある分厚い辞典です。

この本を見つけたのは、気仙茶の会のD先生とOさんが、雫石の我が家に飲みに来てくれた翌日、D先生、
Oさん、佐藤、前田の4人で、盛岡の「肉の米内」で冷麺を食べに行ったのがきっかけでした。
その日は祝日で、肉の米内には行列ができていました。店の外で待つことになったD先生の目に入ったのが、お向かいの古書店。「ちょっと行ってきます」というD先生の後を追って佐藤も店内へ。そこで佐藤がこの本を見つけ、すかさずD先生が買って、更に私に貸して下さったのでした。

開いてみると、著者は菊池武人さんという住田町の方。監修は、岩手の方言研究の第一人者だった小松代融一先生。編集が、岩手の歴史・民俗研究で著名な金野静一先生。出版が住田町、という本でした。

気仙の方言の辞典として、たくさんの見出し語があり、また、説明は単なる言葉の意味というだけでなく、習俗の詳しい説明、地域による違いまで解説していたりして、とても読んで楽しい内容だと感じるものでした。

その後、金野静一先生の「編集後記」を読み、この本が出版されるまでの紆余曲折と、関係者の尽力に、心動かされました。

菊池武人さんは、昭和16年生まれ、住田町出身で、高田高校にて金野静一先生の教えを受け、その後「師(金野静一先生)が菊池君の才能を惜しみ、そのはからいで早大(早稲田大学)第二文学部(夜間)に入学し」(小松代融一先生の「監修に代えて」より)、その後、成績抜群なため、第一文学部(昼間)に転部し学んだのだそうです。

在学中に、「大隈重信奨学金」として当時のお金で5万円を得た菊池武人さんは、そのお金を全額投資して、「気仙方言誌」を大学2年時に著わしています。その後は、千葉県流山市にお住まいになり、言語や民俗学研究とは無関係と見られる職業(自動車部品の営業職)にありながら、一方で、これらの研究を長年続けてきたそうです。

この本の原稿を見た際の思いを、小松代先生はこう書いています。
「孜々として蓄積すること恐らく30年は越すと思われる長い年月、そして今ここに1,000頁に近い厖大な書冊を目前にして、1人の人間のたゆみのない努力は、こうも見事に結実するものかと、まず長嘆息をあげるのが精一杯であった。」

平成2年7月には、小松代先生が、「監修に代えて」を書いていますので、その頃には既に原稿はまとまり、出版を目指していたのでした。しかし、その後出版に至ることなく、止まってしまっていました。

平成7年7月、菊池武人さんが別の著書「近世仙台方言集」を出版されました。その出版記念祝賀会の席上で、菊池さんと小松代先生と金野先生の3人で、「採算的には困難であるが、何とか気仙語(気仙郡語彙集覧稿)の方も出版したいものだ」と話し合い、いずれは刊行にこぎつけるつもりでいたそうです。

その後、菊池武人さんは、住田町史編集委員に任命されて、「民俗編」「通史編」等の有力な執筆者の一人として活躍されていたそうですが、

しかし、平成10年9月、菊池武人さんは、かねてからの病によって、50代半ばで、急死なさったのです。

金野先生は「「学究生活」の始まりが、まさにこれからという矢先の急死であった。本人の無念や、さぞかしであったものと、今想っても涙を禁じ得ない。」
と書いています。

小松代先生も、金野先生あてに次のような手紙を出したそうです。
「晴天の霹靂のような、金槌で頭をグワンと一つ殴られたような衝撃を受けました。先生に武人君を紹介して頂いてから、彼の正直な人柄と、方言に対するこの上ない熱意とに打たれ、将来のかけがいのない後継者として信頼していましたのに。(以下略)」

しかし、その小松代先生も間もなく、亡くなられたのだそうです。

そして、菊池さんの「気仙郡語彙」の原稿はそのままになり、著者も監修者も、この世にはいなくなってしまったのだそうです。
金野先生は
「1人残った私であるが、正直のところ、この原稿にはなるべく遠ざかりたい気持の方が強く、それだけ、菊池君や小松代先生を思い出したくない気持が先に立つという心情であった。」
と書いています。

しかし、金野先生は、住田町史の編集作業等のことで、住田町の菅野剛町長や紺野哲男助役、多田欣一総務課長との打ち合わせの中で、「気仙郡語彙」の一件をお話しし、できるなら印刷・発刊したいとお願いしたそうです。すると、大変好意的に受け取られ、ついに、平成13年秋、「気仙郡語彙集覧稿」として住田町から発刊される計画が正式に決定し、平成14年3月25日、発行されるに至ったのだそうです。

「気仙郡語彙集覧稿」は、著者の菊池武人さん、そしてこの本を世に出そうと尽力された全ての方々に感謝の気持ちが湧いてくるような本です。
そして、気仙語や気仙習俗の豊かさや興味深さというものにも、改めて思いを致します。

なお、昨年度までは、住田町で、この本を販売していました。1冊5,000円です。(今年度はわかりませんが)お問い合わせは、住田町教育委員会までどうぞ。
by kesencha-minzoku | 2015-04-04 15:03 | 参考文献