気仙茶聞き書きおまけ編~気仙のお茶っこ飲み民俗学~

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カテゴリ:気仙茶の聞き書きについて( 5 )

おら家のお茶っこ!

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気仙茶の聞き書き集「おら家のお茶っこ」は、「北限の茶を守る気仙茶の会」(以下、「気仙茶の会」と書きます)が作った、聞き書き集の冊子です。

このブログは、気仙茶の会会員で、聞き書き集の編集を担当した前田が、個人的にこぼれ話など書いていくブログです。

このブログについて、は、こちらをご覧ください。→
気仙茶の聞き書き活動の特徴や、私の聞き書きについての考え方、は、こちらをご覧ください。→

気仙茶の会では、陸前高田・大船渡を中心に、地元の方々に読んでもらえるような場所に無償配付するほか、ご希望の方々には有償配付をしています。(2015年4月4日現在、単価、発送方法、お支払方法など詳細はまだ決まっておりません。後程お知らせします。)

ご希望の方は、090-2999-2154(前田)または、kesencha*excite.co.jp(*を@に代えてください)というメールアドレスまでご連絡ください。

(この記事が一番上に来るように、未来の日付で投稿しています。ご了承ください。)
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by kesencha-minzoku | 2015-12-31 13:10 | 気仙茶の聞き書きについて

聞き書き集「おら家のお茶っこ」販売中です!

しばらく更新せずにおり、申し訳ありません。
聞き書き集「おら家のお茶っこ」は、現在、販売中です。
陸前高田市内と大船渡市内、盛岡市内など岩手県内の一部書店で販売しています。
定価は、(1500円+税)なので、現在1,620円です。
遠方の方には、北限の茶を守る気仙茶の会(kesencha*excite.co.jp、*を@に代えてください)から直接発送もいたします。
在庫僅少ですので、ご入り用の方はお早目に書店にいらしてください。

販売店は次のとおりです。

陸前高田市 伊東文具店
         一本松茶屋
大船渡市 ブックポートネギシ猪川店
       ブックボーイサンリア店(完売)
       ブックボーイ大船渡店
花巻市東和町 にっち
盛岡市 さわや書店
      shop+space ひめくり
以上です。
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by kesencha-minzoku | 2015-09-09 19:49 | 気仙茶の聞き書きについて

聞き書きの持つ意味

地元会員の感じる深みは、私も含めて他所の人間には感じ取れないものだと思います。
それでも、他所の人間でも、気仙茶の聞き書き作業に関わった人にはきっと感じられたことがあります。
あるいは、他所の人間だからこそ、心に残ったこと・心動かされたことがあります。

聞き書きの、私自身にとっての意味-生身の私にとっての意味-というものを、考えざるを得ないのです。

今は失われた昔の暮らしの中にある、たくさんの、自然と共生して生きる知恵と技術。
行事を通して見える、共同体の人々のつながりの温かさ。

これらに心惹かれながら、一方で、当時の暮らしの苦しさ、厳しさに、私は耐えられるだろうか、いや無理だろう、と、自問自答もしています。

今の自分の生きる力、は、お年寄りの語り手の皆さんにはるかに及ばない、と思うのです。
おばあさんたちの力強い暮らしの話を聞きながら、自分の来し方を振り返り、地に足の付いた生き方をしたい、と強く思うのです。

また、お聞きしている昔の暮らし、がなくなったのが、わずか50~60年前に過ぎない、という事実や、昭和40年代~の、歴史上稀な数十年の経済成長期に、それまでの伝統的な暮らしや習俗が失われ、世の中が大きく変わったこと、に、改めて驚愕してしまいます。

この半世紀に起こった変化・・・
工業化や分業化によって、我々は、便利、快適な生活を得て、
地縁・血縁の共同体のしがらみから抜け出した個人の、自由を得ました。


一方で、私たちは
自然と共生しながら生き、自らの力でものを生み出す実感を失い、
温かい人とのつながりを失ったのだと思います。

ネットの掲示板だけにわずかなつながりを見出さなければ生きられない人もいるほどに、つながりを失っているのです。
そして、無力感に覆われ、自信がなく、不安を持ち続けているのではないでしょうか。

失ったのは、得たいものがあったから。
でも、今、私は満足でしょうか、このような社会を作り出して幸せでしょうか。

今の在り様を受け入れつつ、これから、どう生きたいのか、どういう社会でありたいのか、を、今一度、考えたい。

聞き書き集を手に取って読む人達の中にも、そのような思いを持った人がいるかもしれません。
その人にとっては、この気仙茶の聞き書き集は、たくさんの示唆を含んでいると思います。
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by kesencha-minzoku | 2015-01-01 17:19 | 気仙茶の聞き書きについて

地元会員の聞き書き

今回の気仙茶聞き書きプロジェクトで、よかったなあ、と思うところは、地元会員がほとんどの聞き書きに参加しているということです。

気仙地域を含む、沿岸被災地には、大学や研究機関を始め、たくさんの人が外から訪れて、震災体験を始めとした様々な分野の聞き書きをしていらっしゃいます。後世のために、今、記録しておかなければならない、という問題意識や、震災体験を聞くということそのものが、被災者の心の安定に資するという「傾聴」の考え方や、昔の話を聞く事で被災者-支援者という関係の固定化から脱し、語り手-聞き手、や、先生-生徒、という関係に逆転すること自体に意味があるという、民俗学者の六車由実さんの提唱する「介護民俗学」で挙げられている考え方も、多くの聞き書きの動機だったのではないかと思います。また、改めて地域の歴史・民俗を聞き書きでまとめることにより、地域の「自画像」というものを明確にし、未来の地域づくりの礎になれば、という意味合いもあったと思います。
私もそう思っていましたし、岩手県内陸部の雫石町に住む、「よそ者」である私が行う聞き書きは、そのような側面が大きかったと思います。

実際、被災している地元の人達自身には、聞き書きに時間を割く余裕は到底ない、という場合が多かったでしょうし、今でも、そんなことより他にやることがある、という考えの方々がたくさんいらっしゃると思います。

それでも、気仙茶の会の地元会員は、2012年の春から、生業とは全く関係ない「気仙茶文化の再生」に取り組むために集まってきていました。気仙茶は地元の気位であり誇りである、という思いからでした。
今回、聞き書き作業を行った会員の多くは、家を流された方であり、ご家族を失った方もあります。また、家や家族を失っていないという方であっても、この地に生きている限りは、親戚、友人など親しい人を失ったり、親しんだ場所を失い、心が引きちぎれる思いをしてきた人達ばかりです。
その人達が、気仙茶文化の再生に動き、自ら聞き書きを行っていることは、本当に特筆すべきことであり、最大の敬意を払うべきことだと思うのです。
そして、被災地の中でも、直接的・短時間で成果が出るような生業の再生ではなく、歴史と伝統のある気仙茶「文化」の再生・「誇り」の再発見に、これほどのエネルギーを注いでいる人々がいる、ということは、人がその土地に暮らすこと・生きるために必要なものは何か、あるいは、悲しみを背負いながらそこに生き続けるために大切なことは何か、ということを、改めて教えてくださっているように思います。

聞き書きの作業では、自分の住む集落の古老に、改めてお茶の話を取材したり、市内の、お茶づくりの思い出を持つ人々をリストアップして、手分けして聞きに行ったり、仮設住宅のお茶会に同行したり・・・という活動を、何か所も続けました。

よく知っている人でも、改めてお茶のこと、を聞いてまとめる、という作業は、新鮮な驚きがいろいろあったようですし、聞き書きをきっかけに、同じ市内でも初めて会えた人もいました。

それから、家で録音テープを聞きながらテープおこしをしていた会員に、訪ねてきた地元の友達が「何をやってるの?」と尋ねたそうです。「お年寄りから話を聞いてテープおこしをしているんだ」と答えると「ああ、それはいいことをしているね!まとまったら、欲しいなあ」と言われた、と喜んでおっしゃる方もいました。

地元会員は、もともと、お茶づくりに興味があって参加している人が多いのですが、お年寄りの話の中に、これからのお茶づくりにつながるヒントもいろいろと得て、「ああ、こうすればいいんだ!」「これもやってみよう!」と具体的なアイディアが浮かんでくることも多いようです。

ここが、手前味噌ではありますが、気仙茶の聞き書き活動のとてもよいところなのです。
普段の生活では決して語られることのなかった、お年寄りのお茶づくりの実践経験を、若い世代が聞き取り、それを単に記録するだけでなく、これからのお茶づくりやお茶の木の管理に実践していく・・・という循環が生まれます。聞き取り~お茶づくりの実践の中で、この地域のこと・ここに暮らすことが、一層の深み・力強さを増して感じられるのではないかと思うのです。

聞き書きの中には、今は亡き人、亡き物事が語られます。その場にいる人は、語られる中に確かに亡き人や物事が感じられることを知ります。語っている間は、その人が生きて、その物事がある、のですね。

気仙茶の聞き書きプロジェクトは、地元会員による、単なる記録ではなく実践につながるプロジェクトであり、関わる人自身に、意識の変容をもたらし、ここに暮らす深みや力強さを増していくもの、また、この作業を通じて、心の力になっていくものであったなら素晴らしいなあ、と思っています。

※地元会員の小野さんが書いた、聞き書き集の「あとがき」には、そのことが深く感じられると思います。是非お読みくださいね。
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by kesencha-minzoku | 2015-01-01 08:22 | 気仙茶の聞き書きについて

全てお茶から始まりました。

この聞き書き集の、他の聞き書きと異なる特徴は、全て、「気仙茶」から始まっていることかな、と思います。

震災時のお話ではなく、現在の思いでもなく、その方の自分史、でもなく、テーマが「お茶」でしたので、その中では自ずと楽しかった思い出、ほのぼのとした思い出が話されることが多くなりました。

お茶の話だけでなく、脱線もたくさんありましたが、全て、この地域・気仙のお茶を飲みながら、語られたお話です。お茶を飲んでお気持ちもほぐれてくるからか、楽しい思い出が笑いと共に語られることが多かったように思います。

本当に、お茶なくしては、お話を聞くことがなかったし、お茶を通してだからこそ、出てきたお話がたくさんあると思います。

もっとも、楽しいお話だけではなかったし、楽しく語られていても、多くの家で自家用茶を作っていた頃の生活は、本当に厳しいものだったということは、お話しを通してよくよく思い知らされます。それでもなお、昔の方々のお茶への思いや、その頃の暮らしの様子を知って、私が感じているのは、お茶づくりやお茶飲み、みんなひっくるめて「お茶は、いいなあ」ということです。お茶を巡る人々の思いのつながり、お茶を通して伝える思いやり。お茶というのは、よいものだなあ、と、素直に感じるお話を、たくさん伺うことができました。

一方、お話をお聞きした方々は皆、被災した市にお住まいで、家を失い仮設住宅にお住まいの方、家族や大切な人を失った方、仕事を失った方、大切な故郷の風景を失った方・・・それぞれ失ったものは違っても、多くのものを突然に喪失し、深い悲しみを持っていたはずです。
でも、仮設住宅集会場でのお話は、本当に楽しく進みました。「楽しかった!」「話の虫干しした!」「宝袋出た!」お茶会の最後にかけていただいたお言葉です。

そんな中、私は、楽しい気分の中でお話を深く感じようともせずに聞いてしまい、後になって、ああ、私は何もわかっていなかったな、と頭を殴られたような気持ちになることが何度もありました。笑いながら聞いたエピソードの中のご家族が、津波でなくなっていることもありました。仮設住宅集会場でのあの楽しさは、お互いが失ったものを知った上での思いやりであり優しさであったのだな、と気づかされることが何度もあるのです。

それでもなお、昔のお茶についての話が誘い水になり、楽しかった思い出、懐かしい思い出が、笑顔で語られたことは、よかったのだと思っていいのだ、と思います。そして、そのような思い出が浮かんだのは、お茶があったからこそなんだと思うのです。

楽しい思い出の中の、今は亡き大切な人は、語られている時、確かに語り手の心の中にあり、そして、聞き手にも確かに感じられます。

気仙茶の聞き書き集づくりは、お茶の文化を残し、製茶方法を伝承することを目的にして始められましたが、私にとっては、インタビューしてまとめる作業そのものが、忘れられないものでした。聞き書き集づくりをさせていただき、ありがとうございました。
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by kesencha-minzoku | 2015-01-01 07:18 | 気仙茶の聞き書きについて