気仙茶聞き書きおまけ編~気仙のお茶っこ飲み民俗学~

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聞き書きの持つ意味

地元会員の感じる深みは、私も含めて他所の人間には感じ取れないものだと思います。
それでも、他所の人間でも、気仙茶の聞き書き作業に関わった人にはきっと感じられたことがあります。
あるいは、他所の人間だからこそ、心に残ったこと・心動かされたことがあります。

聞き書きの、私自身にとっての意味-生身の私にとっての意味-というものを、考えざるを得ないのです。

今は失われた昔の暮らしの中にある、たくさんの、自然と共生して生きる知恵と技術。
行事を通して見える、共同体の人々のつながりの温かさ。

これらに心惹かれながら、一方で、当時の暮らしの苦しさ、厳しさに、私は耐えられるだろうか、いや無理だろう、と、自問自答もしています。

今の自分の生きる力、は、お年寄りの語り手の皆さんにはるかに及ばない、と思うのです。
おばあさんたちの力強い暮らしの話を聞きながら、自分の来し方を振り返り、地に足の付いた生き方をしたい、と強く思うのです。

また、お聞きしている昔の暮らし、がなくなったのが、わずか50~60年前に過ぎない、という事実や、昭和40年代~の、歴史上稀な数十年の経済成長期に、それまでの伝統的な暮らしや習俗が失われ、世の中が大きく変わったこと、に、改めて驚愕してしまいます。

この半世紀に起こった変化・・・
工業化や分業化によって、我々は、便利、快適な生活を得て、
地縁・血縁の共同体のしがらみから抜け出した個人の、自由を得ました。


一方で、私たちは
自然と共生しながら生き、自らの力でものを生み出す実感を失い、
温かい人とのつながりを失ったのだと思います。

ネットの掲示板だけにわずかなつながりを見出さなければ生きられない人もいるほどに、つながりを失っているのです。
そして、無力感に覆われ、自信がなく、不安を持ち続けているのではないでしょうか。

失ったのは、得たいものがあったから。
でも、今、私は満足でしょうか、このような社会を作り出して幸せでしょうか。

今の在り様を受け入れつつ、これから、どう生きたいのか、どういう社会でありたいのか、を、今一度、考えたい。

聞き書き集を手に取って読む人達の中にも、そのような思いを持った人がいるかもしれません。
その人にとっては、この気仙茶の聞き書き集は、たくさんの示唆を含んでいると思います。
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by kesencha-minzoku | 2015-01-01 17:19 | 気仙茶の聞き書きについて