気仙茶聞き書きおまけ編~気仙のお茶っこ飲み民俗学~

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全てお茶から始まりました。

この聞き書き集の、他の聞き書きと異なる特徴は、全て、「気仙茶」から始まっていることかな、と思います。

震災時のお話ではなく、現在の思いでもなく、その方の自分史、でもなく、テーマが「お茶」でしたので、その中では自ずと楽しかった思い出、ほのぼのとした思い出が話されることが多くなりました。

お茶の話だけでなく、脱線もたくさんありましたが、全て、この地域・気仙のお茶を飲みながら、語られたお話です。お茶を飲んでお気持ちもほぐれてくるからか、楽しい思い出が笑いと共に語られることが多かったように思います。

本当に、お茶なくしては、お話を聞くことがなかったし、お茶を通してだからこそ、出てきたお話がたくさんあると思います。

もっとも、楽しいお話だけではなかったし、楽しく語られていても、多くの家で自家用茶を作っていた頃の生活は、本当に厳しいものだったということは、お話しを通してよくよく思い知らされます。それでもなお、昔の方々のお茶への思いや、その頃の暮らしの様子を知って、私が感じているのは、お茶づくりやお茶飲み、みんなひっくるめて「お茶は、いいなあ」ということです。お茶を巡る人々の思いのつながり、お茶を通して伝える思いやり。お茶というのは、よいものだなあ、と、素直に感じるお話を、たくさん伺うことができました。

一方、お話をお聞きした方々は皆、被災した市にお住まいで、家を失い仮設住宅にお住まいの方、家族や大切な人を失った方、仕事を失った方、大切な故郷の風景を失った方・・・それぞれ失ったものは違っても、多くのものを突然に喪失し、深い悲しみを持っていたはずです。
でも、仮設住宅集会場でのお話は、本当に楽しく進みました。「楽しかった!」「話の虫干しした!」「宝袋出た!」お茶会の最後にかけていただいたお言葉です。

そんな中、私は、楽しい気分の中でお話を深く感じようともせずに聞いてしまい、後になって、ああ、私は何もわかっていなかったな、と頭を殴られたような気持ちになることが何度もありました。笑いながら聞いたエピソードの中のご家族が、津波でなくなっていることもありました。仮設住宅集会場でのあの楽しさは、お互いが失ったものを知った上での思いやりであり優しさであったのだな、と気づかされることが何度もあるのです。

それでもなお、昔のお茶についての話が誘い水になり、楽しかった思い出、懐かしい思い出が、笑顔で語られたことは、よかったのだと思っていいのだ、と思います。そして、そのような思い出が浮かんだのは、お茶があったからこそなんだと思うのです。

楽しい思い出の中の、今は亡き大切な人は、語られている時、確かに語り手の心の中にあり、そして、聞き手にも確かに感じられます。

気仙茶の聞き書き集づくりは、お茶の文化を残し、製茶方法を伝承することを目的にして始められましたが、私にとっては、インタビューしてまとめる作業そのものが、忘れられないものでした。聞き書き集づくりをさせていただき、ありがとうございました。
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by kesencha-minzoku | 2015-01-01 07:18 | 気仙茶の聞き書きについて